選択的夫婦別姓法案に反対する抗議文を法務省にて手交

●平成21年11月4日(木)●
【選択的夫婦別姓法案に反対する抗議文を法務省にて手交】

十一月四日、
選択的夫婦別姓法案に反対する抗議文を、法務省庁舎にて手交しました。



  法務省が導入しようとしている選択的夫婦別姓法案に反対する


我々は日本民族派団体一水会である。

貴殿等が精力的に推し進めている「選択的夫婦別姓」を始めとする家族法の大幅改正について物申す!
現行民法七五〇条においては「夫婦同氏原則」を規定している。
夫婦同氏とは元来、国民の要望に応える形で導入された経緯がある。
つまり歴史的意義があるからこそ、現行の規定に落ち着いたといえるのだ。
百数十年来何ら不都合を被ることなく運営されてきた。
その原則を敢えて乱すは何故か!
国民の世論調査によっても半数以上が、この法案に反対している。
積極的に導入を叫んでいるのは少数の者達であり、他の者達は「なんとなくそれでいいや」という浮遊層でしかない。

また貴殿等は「女性の社会進出に伴い不利益が生じている」という。
だが、本当にそのような意見がどれだけあるのかをカバーしたことはあるのか。
我々は一度もその様な声を聞いたことがない!
たとえその様な不都合が生じているとしてもだ、社会的通称などを用いることで済む話なのではなかろうか。

さらに「男女平等」の原則に則って「選択的別姓」が望ましいと貴殿等はいう。
しかし歴史的経緯を見ても分かる様に、「夫婦同姓」こそ男女平等に合致しているのである。
「選択的夫婦別姓」とは、進歩的な発想ではなく退化的な発想であることに気付くべきである。

貴殿等は事あるごとに自由だ∞平等だ∞権利だ∞個人(性)の尊重だ≠ネどと主張するが、
行き過ぎた自由が自分勝手となり、誤った平等が差別と差異を履き違え、義務という責任を置き忘れた権利が跋扈し、
個人・個性の尊重というわがままが他者への思いやりや慈愛の心を失わせた事を気付かぬはずがないであろう。
「夫婦別姓」により、事実婚や離婚率は増加し、行き場を見失った子供達は犯罪に明け暮れ、
自殺・いじめ・少子化問題は深刻化する事であろう。
その結果、人心は頽廃し社会は荒廃の一途をたどる事になるであろう。
未来ある子供達に犠牲を負わす事は断じてならぬのだ。
事実婚を承認し、失敗した旧ソ連邦を見ても明白であり、
「夫婦別姓」制度により、離婚率・犯罪率が増加してしまい、
見直しの方向へと歩もうとする米国やスウェーデンなどの悪しき参考例が幾らでもあるにもかかわらず、
何故、今、法改正なのであろうか!
 中・韓の「夫婦別姓」制度においては、
他人(妻)は家(血族)に参加させないという側面からきた「男尊女卑」の思想から生まれた制度なのである。
果たしてそれが進歩的制度だといえるのだろうか。

「夫婦別姓」とはただ単に家族間において姓が異なる事だけに留まらず、
親子としての一体感・夫婦としての一体感・家族としての絆までをも、
そして御先祖様を敬う心・子孫繁栄の心までをも喪失せしめる家族崩壊を招来させる思想なのではないか。

貴殿等の真意は「夫婦別姓」そのものにあるのではなく、
自由進歩主義という錯誤されたフェミニズム的思想に裏打ちされた法改悪であることは自明である。
家族の崩壊に始まり、末は共同体の失喪。
そして国家への解体へと連なる法改悪を断固として認めるわけにはいかぬ!

手を変え品を変え個人のエゴ思想が未だ息づいているのだ。

日本とは、日本人とは和を尊ぶ文化・伝統を最も重んずる国柄の歴史を持つ。
その誇り高き和の心∞日本精神≠危殆させようとする謀議は断じて許される事ではないのだ!

現今生をうける我々は歴史の当事者である。
その責任があるのだ。我々の代でこの日本を、我が日本を、
悠久の歴史を有する神州日本の血を肉を絶やさせるわけにはゆかぬのだ。

我々は亡国的法案である「選択的夫婦別姓」改悪に断乎として反対するものである。
今回は基本的な我々の問題点をそこに述べたが、今後の推移を見て、再度提言をさせて頂く。


平成二十一年十一月四日


法務大臣 千葉景子殿


日本民族派団体一水会 本部長代行 清水 聡
政治局長  山口 剛
情宣局長  岩上直樹


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詳細につきましては、レコンキスタ367号で報告します。